判例・事例

事業承継 その1

2007年10月25日 事業承継、M&A


中小企業と事業承継(1)
1 中小企業経営者の平均年齢は、現在約57歳。経営者の引退予想年齢は約67歳といわれているので、あと約10年の間に後継者対策を実行しないと、多くの中小企業は事業承継をすることができません。その結果、廃業をせざるを得ない可能性もあります。これでは、経営者はもちろん、従業員やその家族の生活も守れません。わが国の全従業員数の4分の3は、中小企業の従業員ですから、日本経済に重大な悪影響を与えることにもなりかねません。現在中小企業の40%以上が、後継者が決まっていない状況です。
 事業承継には、同族会社の場合、オーナーの親族に承継させる場合、従業員に承継させる場合、いわゆるM&Aによって、第三者に承継させる場合があります。順番に、その内容と主な注意点を紹介しましょう。
2 親族に事業承継させる場合
事業承継を円滑に行うには、経営権を適切な後継者に承継させるための法的対策や税金対策など様々な検討が必要ですが、ここでは、法的な対策を中心に考えて見ましょう。
まず、株式の集中です。
⑴株式の集中
事業を適切な後継者に承継させるには、まずはオーナー経営者に株式をできる限り集中しておく必要があります。集中させた株式を生前贈与したり、遺言により後継者に承継させるわけです。相続税対策のために、株式を親族に配分している場合がありますから、その場合は、後継者の株式比率が低くならないように、よく検討する必要があります。
 株式を集中する方法としては、主に以下のような方法がとられます。
�オーナーが、任意に株式を買い取る方法。
�会社が自己株式(金庫株)として買い取る方法。
�定款を変更して、既存の普通株式を取得条項付株式(一定の事由が発生したときに会社が強制的に買い取ることができる株式)に内容を変更する方法。
�定款に相続人に対する売渡請求の定めを設ける方法。 
㈠オーナーが任意に株式を買い取る方法
 これは、既存の株主と交渉をして株式を買い取る方法ですが、現金で買い取るほかにのちに紹介する議決権のない株式(議決権制限株式といいます)を発行して引き換えに与える方法があります。議決権制限株式というのは、剰余金や残余財産の分配の権利はあるが、株主総会の議決権を有しない株式(特定の事項についてのみ議決権を制限することもできます)のことです。議決権を持たない代わりに、剰余金については優先的に配分を受ける権利を付与することもできます。議決権制限株式とともに一定の現金を交付することも考えられます。
 このようにして、任意に分散した株式をオーナーに集中することができれば、それに越したことはありません。
 但し、議決権制限株式を発行するには、株主総会の特別決議(議決権を有する株主の過半数が出席し、出席した株主の議決権の3分の2以上が賛成)が必要ですから、オーナーの持株比率が余り高くない場合は、多数派工作が必要です。
 また、時価よりも著しく低い金額で売買すると、買主(オーナー)に贈与税がかかる場合があるので、価格はよく検討しておく必要があります。株式の時価の算定方法には、いくつか方法がありますが、ここでは省略します。
㈡会社が金庫株として買い取る方法
 会社法の改正で、いつでも会社は自己株式を買い取ることができるようになりましたから、会社の資金に余裕がある時はこの方法が考えられます。オーナーが例えば3分の2以上の株式をすでに持っているようなときは、ほかの株式の多くを会社の金庫株にしておけば、会社に対する支配権は維持できます。
 自己株式は、帳簿上の分配可能額の範囲内であれば、株主総会の普通決議(議決権を有する株主の過半数が出席し、出席した株主の議決権の過半数が賛成)で取得することができます。但し、特定の株主だけから株式を買い取る時は、特別決議が必要になりますし、ほかの株主にも会社に売る機会を与えなければなりません。
 また、取得する価格も時価とかけ離れて安かったりすると税金の問題(買主には受贈益として益金参入、売主にはみなし譲渡益課税等)が発生しますから、注意が必要です。
㈢取得条項付株式
 これは、あらかじめ定款変更をしておいて、一定の事由が発生するか、またはあらかじめ決めた日が到来したときに株式を会社の一方的な決定で買い取って取得することができるようにする方法です。取締役会(または株主総会)で取得する株式を決定し、客観的な取得事由(取得する原因になる事実のこと。定款に定めておくことが必要です)の発生を通知するか、または、取得日を取締役会(または株主総会)であらかじめ決定しておき、それを通知します。
 この方法は、会社の一方的な決定で買い取ることができる点に特色がありますが、既存の株式に取得条項を付与しようとすると、その株主の同意が必要になることから、新たに会社を設立する際には活用ができる制度ですが、既存の会社では余り使い勝手が良いとは言えません。また、自己株式の取得の場合と同じように会社の財源規制があります。なお、取得する際に、金銭以外に例えば議決権のない株式を対価として交付する方法もあります。
㈣相続人に対する売渡請求
 定款を変更して(特別決議必要)、株主の相続人に対して会社への売り渡しを請求できる条項を設けておく方法です。これは、株式の集中の方策としてだけでなく、株式の分散を防ぐ方法としても有効な方法なので、できる限り導入しておくべきでしょう。既存の株主については信頼関係がある場合であっても、その相続人となるとそうはゆきません。従業員に株式を持たせている場合でも、従業員株主会の制度を利用していない場合は、この問題が発生します。
 自己株式の取得と同様の財源規制があります。また、売渡請求をする都度、株主総会の特別決議が必要です。

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