判例・事例

増え続けるパワハラによる自殺と損害賠償請求~その2

2015年6月15日 セクハラ・パワハラ等に関する事例・判例


パワハラ、過重労働で取締役にも損害賠償責任(会社法429条)

1 「サン・チャレンジほか事件」東京地裁平成26年11月4日判決

パワハラと過重労働が原因で社員が自殺をした事案で、代表取締役にも損害賠償責任があるとされました。社員は、24歳で直営店の店長、継続してパワハラを行ったとされた上司は、エリアマネージャーでした。

パワハラや過重労働が原因で社員が亡くなった場合は、代表者個人と会社が実質的に同視できるような小規模企業の場合を除き、多くの裁判では、会社とパワハラを行った直接の上司が被告にされ、取締役が被告にされることはありません。小規模企業で代表取締役を被告に加えるのは、会社に支払い能力が無いことが少なくないからです。

ところが、この事件では、会社は多くの直営店等を持つ実体のある法人でしたが、裁判では会社と上司のみならず、代表取締役にも連帯して約5800万円の損害賠償が命じられました。

2 取締役には安全配慮義務履行体制を構築する義務

判決は、会社は労働基準法、労働安全衛生法、労働契約法等に基づき社員に対する安全配慮義務を負っているが、取締役は会社がこの安全配慮義務を遵守する体制を整えるべき注意義務を負っているとしました。

判決は、会社は業績向上を目指す余り、社員の長時間労働や上司によるパワハラ等を防止するための適切な労務管理体制を何ら採っておらず、代表取締役は何ら有効な対策を採らなかったのであるから、故意または重大な過失により社員に損害を与えたとして、会社法429条に基づき取締役個人の損害賠償責任を認めました。(この事件では、代表取締役は、定期的な店長会議や労働時間が分かる売上報告書で社員の長時間労働の実態を把握できたし、会議の場で、上司が当該社員に暴行を振うのを見たのであるから、上司の部下に対する行き過ぎた指導が行われていることは知ることができたとしています。)

3 取締役の任務違背(善管注意義務違反)と社員に対する損害賠償責任

取締役の安全配慮義務履行体制構築義務違反を問題にした裁判は、サン・チャレンジ事件が初めてではありません。「大庄ほか事件」判決(京都地裁平成22年5月25日判決、大阪高裁平成25年5月25日)は、長時間労働による急性左心機能不全で社員が死亡した事案(パワハラ事案ではありません)について、代表取締役だけでなく、取締役についても責任を認めました。被告会社は、東証一部上場企業です。

4 取締役の任務違背(会社法429条)の意味

会社法429条は、取締役ら役員は、悪意または重過失により任務に違背したことによって第三者に損害を与えた場合には、損害賠償責任を負うとしています。  取締役の任務違背とは会社に対する善管注意義務や忠実義務に違反することをいうとされていますが、判決は、安全配慮義務を履行する体制の構築義務がこの善管注意義務、任務に含まれるとしたのです。 5 取締役の責任の範囲は?

しかし、一口に安全配慮義務履行体制といっても、その具体的内容をどのように考えるべきか、企業規模や、業種、労働実態による違いを認めるのかなど、難しい問題があります。

大会社の場合は、労働者の労働時間の実態や、パワハラの有無については、取締役は知り得る立場にないことも多いと思われます。

その意味で、取締役の責任を余りに広く認めると、取締役の職務遂行を萎縮させることになるのではないかという疑問も当然あり得るでしょう。

次回は、長時間労働が原因で社員が亡くなった「大庄ほか事件」を少し詳しく見てみましょう。

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