判例・事例

保険の窓口グループ事件(大阪地裁平成28年12月15日判決)

2017年5月8日 賃金に関する事例・判例


はじめに
今回は、懲戒事由の調査や処分決定に必要な期間自宅待機させた場合の賃金支払の問題、また、過払賃金の調整的相殺の問題を取り扱った裁判例をご紹介いたします。

1 事案の概要
Y社の従業員であり、女性従業員に対するセクハラ行為(詳細は省略。本判決では刑事犯にも該当しうる悪質な行為と認定。)を理由として、懲戒解雇処分を受けた従業員Xが、懲戒解雇処分の無効を主張して争った。Y社は、平成26年11月13日付でXに自宅待機命令を出し、同年12月22日付で懲戒解雇処分とした。Y者就業規則49条2項には、「会社は従業員の行為が懲戒事由に該当しまたは、そのおそれがある場合には、調査または処分を決定するまでの間、自宅待機を命じることがある。その期間における賃金は平均賃金の6割とする。」との定めがあり、Xは同規定の有効性も争っている。しかし、Y社は同規定にもかかわらず、11月13日~30日の自宅待機期間中、賃金を満額支給したため過払金が発生してしまい、12月分給与から賃金の過払金等を控除した(いわゆる調整的相殺)。その結果、同月分のXの賃金支給額は3万1325円となった。
裁判所は、以下のとおり判示し、懲戒解雇処分及びY社がXの自宅待機期間中の賃金を6割としたことをいずれも有効としたものの、調整的相殺は無効であるとしてY社に未払い賃金の支払いを命じた。
 
2 判決の概要
 ⑴ 「就業規則49条2項は、従業員の行為が懲戒事由に該当するおそれがある場合に、その調査や懲戒処分の決定に必要な期間に限り自宅待機命令をし、その間の賃金を平均賃金の6割とするものであって、就労を許容しないことに実質的な理由がある場合に限定されており、その期間も限定されていること、その金額も労働基準法26条の休業手当と同額であることに鑑みれば、同規定には合理性がある」として同規定を有効とした。
 ⑵ Yが過払金を控除した結果、Xには12月分の給与として「わずか3万1325円しか支払われなかったというのであって、Xの経済生活を脅かすおそれがないとはいえないから、いわゆる調整的相殺として許容される場合には当たらない。」

3 実務上の留意点
⑴ 自宅待機命令は使用者の業務命令に基づくものであるため、原則として使用者は賃金支払い義務を免れません(民法536条2項)。しかし、不正行為の再発、証拠隠滅のおそれなど、当該従業員の就労を許容しないことについて合理的な理由がある場合には、無給とすることも認められています。しかし、実際には労働者の帰責性の有無を容易に判断できないケースも多々存在し、Y社のような就業規則の定めを置いている会社も実務上よく見かけます。本判決はかかる就業規則の規定を有効と認めた点に実務上の意義があるといえます。もっとも、調査の結果、労働者側に帰責事由が全くないことが判明したようなケースでは、やはり原則どおり会社は賃金全額の支払義務を負うことになるといえるでしょう。
⑵ 賃金全額払いの原則(労働基準法24条1項本文)から、会社が労働者の賃金債権を一方的に相殺することは原則として禁止されています。ただし、賃金の過誤払に関しては、判例上、一定の要件のもとでいわゆる調整的相殺が認められています。すなわち、時期、方法、金額などからみて労働者の経済生活の安定を害さないかぎり、ある賃金計算期間に生じた賃金の過払をのちの賃金から控除することができます。本判決は、控除後の賃金が3万円余りとなったことから、Xの経済生活を脅かすおそれがあると判断し、Y社の行なった調整的相殺を無効としました。どの程度までであれば、調整的相殺として許容される範囲なのかどうかは、所定賃金額にもよるところでケースバイケースとなりますので、事前にご相談いただければと存じます。

以上

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