判例・事例

定額残業代制度についての裁判例(京都地裁平成28年9月30日判決、大阪高裁平成29年3月3日判決)

2017年6月5日 賃金に関する事例・判例


はじめに
今回は、定額残業代制度についての裁判例(京都地裁平成28年9月30日判決、大阪高裁平成29年3月3日判決)を通して、定額残業代制度が有効とされるためにどのような点に留意すべきかを検討したいと思います。

1 事案の概要
鶏肉の加工・販売及び飲食店の経営を行う有限会社(以下「Y」)に勤務していたXが正社員採用された平成25年9月1日から退職日である平成26年10月31日までの残業代を請求した。
雇用契約書には賃金として「月給25万円 残業含む」と記載されおり、給与明細には「基本給18万8000円 残業手当6万2000円」との記載があった。賃金規程には、時間外労働割増賃金及び休日労働割増賃金として毎月一定額を「残業手当」として支給する旨の記載があり、実際の残業代に残業手当が満たない場合はその差額を支給する旨の規定も存在した。
Xは、本件残業手当は、求人広告や雇用契約書において金額や対応時間が不特定である等と主張し、割増賃金の支払とは認められないと主張した。Yは、給与明細から基本給と明確に区別されており、賃金規程にも根拠が存在するため、残業代の支払として有効であると反論した。

2 判決の概要
定額残業代が、労基法所定の時間外等割増賃金の支払として認められるためには、少なくとも、労働契約の内容となっており、かつ、定額の手当が通常の労働時間の賃金と明確に判別できることが必要である。賃金規程では、残業手当が時間外・休日労働手当の代替であることが明記されており、支給時の給与明細書にも基本給の額(18万8000円)と残業手当の額(6万2000円)が区分して記載されているから、上記二点を満たすようにも見える。
しかし、Yの求人広告でも給与25万円とのみ記載され、雇用契約書でも「月給25万円 残業含む」と総額が記載されているのみであって、そのうち幾らが基本給であり、幾らが時間外・休日労働手当の代替なのかは明らかにされていない。そもそも、定額の手当が労働基準法37条所定の時間外等割増賃金の代替として認められる場合には、労働者は、それに見合う分だけ時間外等割増賃金の支払を受けないで労働することになるのであるから、給与として支給されるうち、通常の労働時間の賃金に相当する額が幾らで、時間外等割増賃金の代替額が幾らであるかは、労働者にとって、その条件で労働契約を締結するか否かを判断するに当たり極めて重要な事項であるというべきである。このことに鑑みると、それらが個別の労働契約や就業規則で明確にされないままに給与の総額のみで労働契約が締結されたにとどまる場合には、後に給与明細書でそれらの額が明確にされたとしても、給与明細書記載の手当の額を割増賃金代替手当の額とすることが労働契約の内容となったと評価することはできないというべきであり、労働契約締結時にこの区別が明確でない場合には、結局において、当該手当の支給を労働基準法37条所定の時間外等割増賃金の代替としての支給とみとめることはできないと解するのが相当である。本件では、就業規則、求人広告及び雇用契約書では、基本給の額と残業手当の額が明確にされていたとは認められず、採用時に説明をしたとするY側の証人の証言もにわかには信用できないため、労働契約時において、残業手当の額が明確にされたとは認められない。

3 留意点
(1)定額残業代制度が有効となるためには、①労働契約上の根拠があること、②定額残業代の部分とそれ以外の賃金が明確に区分されていること、③実際の残業代が、定額残業代を超過する場合は超過部分を精算して支払う旨の精算合意の3つの要件が必要であると考えられています。なお、この精算合意が必要か否かについては争いがあり不要との立場も非常に有力です。本判決でも必須の要件とは考えていないようです。
(2)本判決は、定額残業代の有無及びその額については、労働者にとって雇用契約を締結するか否かを判断するにあたって極めて重要な事項であるとした上で、求人広告、雇用契約書、賃金規程それ自体からは、定額残業代とそれ以外の部分がはっきりしない以上、後付けの給与明細でその金額を明らかにしたからといって①②を満たすことはないと判断しています。基本給に組み込む形であれ、別手当として設ける場合であれ、定額残業代制度を導入する際には、基本給等の金額と定額残業代とは、明確に区別しするのはもちろん、後付けの説明ではなく、当初から、雇用契約書に明記する等して説明することが重要です。
以 上

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