判例・事例

医療法人社団Y事件(最高裁平成29年7月7日判決)

2017年9月29日 賃金に関する事例・判例


はじめに
 今回は、高額な年俸が支払われていた医師について、年俸に割増賃金相当額が含まれているとはいえないと判断された医療法人社団Y事件(最高裁平成29年7月7日判決)についてご紹介します。

1 事案の概要
本件は、医療法人であるYに雇用されていた医師であるXが、Yに対し、割増賃金等の支払いを求めた事案です。
XY間では、基本給86万円、役付手当3万円、職務手当15万円、調整手当16万1000円を合計した月額給与120万1000円に基本給3か月分の賞与等を加え、年俸契約額を1700万円とする雇用契約が締結されていました。
Xは、週5日の勤務とし、1日の所定勤務時間は、午前8時30分から午後5時30分まで(休憩1時間)を基本とするが、業務上の必要がある場合には、これ以外の時間帯でも勤務しなければならず、その場合における時間外勤務に対する給与については、Yの本件時間外規程に定めによるとされていました。
本件時間外規程によれば、時間外手当の対象業務は、原則として、必要不可欠な緊急業務等に限られ、その対象時間は、勤務日の午後9時から翌日の午前8時30分までの間に発生する緊急業務に要した時間等であり、通常業務の延長とみなされる時間外業務は、時間外手当の対象とならない旨定められていました。
本件雇用契約においては、本件時間外規程に基づき支払われるもの以外の時間外労働等に対する割増賃金について、年俸1700万円に含まれることが合意されていましたが(以下では、「本件合意」といいます。)、上記年俸のうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされていませんでした。

2 判決の概要
 ⑴一般論
割増賃金をあらかじめ基本給や諸手当に含める方法で支払う場合においては、労働契約における基本給等の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分を判別することができることが必要であり、上記割増賃金に当たる部分の金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定された割増賃金の額を下回るときは、使用者がその差額を労働者に対して支払う義務を負うというべきである。
 ⑵あてはめ
  XとYとの間においては、本件時間外規程に基づき支払われるもの以外の時間外労働等に対する割増賃金を年俸1700万円に含める旨の本件合意がされていたものの、このうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされていなかった。そうすると、本件合意によっては、Xに支払われた賃金のうち時間外労働等に対する割増賃金として支払われた金額を確定することができないのであり、Xに支払われた年俸について、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することはできない。
  したがって、YのXに対する年俸の支払いにより、Xの時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金が支払われたということはできない。

3 解説
本件の控訴審判決(東京高裁平成27年10月7日判決)では、本件合意は、Xの医師としての業務の性質に照らして合理性があり、Xの労務の提供について自らの裁量で律することができたことやXの給与額が相当高額であったこと等からも、労働者としての保護に欠けるおそれはなく、Xの月額給与のうち割増賃金に当たる部分を判別することができないからといって不都合はないと判断されたのに対し、本判決では、高額な給与額について触れることなく、基本給等の定めについて、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができないため、年俸の支払いにより、割増賃金が支払われたということはできないと判断されました。固定残業代制度を導入しておられるお会社におかれましては、「通常の労働時間の賃金に当たる部分」と「割増賃金に当たる部分」とが明確に区分できているか、今一度ご確認いただく必要があるかと存じます。

以上

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