判例・事例

長澤運輸事件・最高裁判決

2018年12月4日 賃金に関する事例・判例


はじめに
今回は、今年の最重要判例の一つである長澤運輸事件・最高裁判決をご紹介したいと思います。この事件は、正社員と(定年後再雇用の)嘱託社員との間の賃金の違いが不合理であり、労契法20条に違反するかが問題となった事案です。(定年後再雇用ではない)通常の有期労働者と正社員との間の賃金の違いが問題となった、ハマキョウレックス事件と並び、労契法20条に関する初めての最高裁判決として注目されました。
働き方改革関連法の改正(平成30年6月29日に成立)④でご紹介したとおり、労契法20条自体は改正により削除されますが、その内容は短時間・有期雇用労働法8条に引き継がれることから両判決は今後も参考になります。

1 事案の概要
Y社(従業員数66人)を定年退職後、嘱託社員(有期)として勤務しているXら(バラ車の乗務員)が、正社員乗務員(以下「正社員」という)と嘱託乗務員(以下「嘱託」という)との間の賃金の違いが不合理であり、労働契約法20条に違反すると主張した。
Xらは、定年前からバラ車の乗務員として勤務しており、定年前後で(=正社員と嘱託の間で)、①職務の内容(業務の内容及び責任の程度)、②職務の内容及び配置の変更の範囲に違いはなかった。
なお、Y社は組合との団体交渉を行い、順次基本賃金額の引き上げ、調整給の支給及びその増額等、嘱託にとって有利な変更を行っていた。

2 最高裁の判断

(1)結論
ⅰ嘱託に対し、精勤手当が支給されないこと、ⅱ(精勤手当が割増賃金の計算の基礎に算入されない結果)嘱託の時間外手当が正社員の超勤手当より低く計算されることの2点が労契法20条に違反し、不法行為に基づく損害賠償の対象となるとした。
(2)具体的判断
最高裁は、労働者の賃金が複数の賃金項目から構成されている場合には、賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきとし、個々の賃金項目ごとにその趣旨から、違いが不合理か否かの判断を行いました。
ここでは、紙面の都合上、他の業種でも支給されていることが多い、精勤手当、住宅手当及び家族手当、賞与についての判断をご紹介します。
ア 精勤手当の不支給
Y社における精勤手当は、その支給要件及び内容に照らせば、従業員に対して休日以外は1日も欠かさずに出勤することを奨励する趣旨で支給されるものである。
嘱託と正社員との職務の内容が同一である以上、両者の間で、その皆勤を奨励する必要性に相違はないから、当該労働条件の相違は不合理と認められるものに当たる。
イ 住宅手当及び家族手当の不支給
上記各手当は、いずれも従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨で支給されるものであるから、使用者がそのような賃金項目の要否や内容を検討するに当たっては、その趣旨に照らして、労働者の生活に関する諸事情を考慮することになる。
Y社における正社員には、嘱託と異なり、幅広い世代の労働者が存在し得るところ、そのような正社員について住宅費及び家族を扶養するための生活費を補助することには相応の理由がある。他方、嘱託は、正社員として勤続した後に定年退職した者であり、老齢厚生年金・調整給(老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまで、月額2万円)の支給が予定されている。
これらの事情を総合考慮すると、嘱託と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であるといった事情を踏まえても、当該労働条件の相違は不合理と認められるものに当たらない。
ウ 賞与の不支給
賞与は、…労務の対価の後払い、功労報償、生活費の補助、労働者の意欲向上等といった多様な趣旨を含み得るものである。
嘱託は、定年退職後に再雇用された者であり、定年退職に当たり退職金の支給を受けるほか、老齢厚生年金・調整給の支給が予定されている。また、嘱託の年収は定年退職前の79%程度となることが想定されるものであり、嘱託の賃金体系は、嘱託の収入の安定に配慮しながら、労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫した内容になっている。
これらの事情を総合考慮すると、嘱託と正社員との職務内容及び変更範囲が同一であり、正社員に対する賞与が基本給の5か月分とされているとの事情を踏まえても、当該労働条件の相違は、不合理と認められるものに当たらない。

3 ポイント
ア 賃金の違いが不合理か否かの判断に当たっては、賃金総額だけでなく、個々の賃金項目ごとに個々の賃金項目の趣旨からその違いが不合理か否かが判断されることになる点に注意が必要です。
イ 同じ「住宅手当」でも、ハマキョウレックス事件・最高裁判決は、その趣旨を「従業員の住宅に要する費用を補助する趣旨」と解しました。これは同事件においては、正社員にのみ出向を含む全国規模の広域異動の可能性があるという②「変更の範囲」の違いがあったのに対し、本件ではそれがなかった(両者とも異動の定めが置かれていた)という事案の違いによると思われます。そして、趣旨が異なるのに伴い、不合理か否かを判断するに当たり考慮する事情も異なっています。
このように同じ名前の手当であっても、事案ごとに、その趣旨は異なり得ますし、それに伴い考慮される事情が異なる結果、結論も異なり得ます。手当の名前だけで、これはセーフ、これはアウトという話にはならない点に注意が必要です。
ウ 正社員の待遇と有期労働者の待遇との間に、違いを設ける場合には、そのような内容の違いを設ける理由を、その待遇の趣旨から説明できるようにしておく必要があります。特に、働き方改革関連法による改正で、非正規労働者(有期・パート・派遣)に対する正社員との待遇差の内容・理由等に関する説明が義務化されますので、上記必要性は今後一層高まります。
エ なお、今後は、短時間・有期雇用労働法9条で、①職務の内容と②変更の範囲がいずれも正社員と同じパート・有期については、短時間・有期雇用であることを理由として、待遇において正社員と差別的な(≒異なる)取扱いをしてはならないとされたことにも留意する必要があります。

以 上

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