判例・事例

業務負荷と労働時間の関係について

2017年1月31日 労働時間に関する事例・判例


はじめに
今回は、業務負荷と労働時間の関係について、従業員の自殺につき、その遺族が長時間労働や過重労働により自殺に追い込まれたとして損害賠償の請求をした事例を通じて検討したいと思います。

1 事案の概要
家電量販店(以下「Y」)に勤務していたKが平成19年9月に自殺(当時23歳)したのは、長時間労働や過重な業務によってうつ病にり患したためであるとして、相続人ら(以下「X」)が、Yの安全配慮義務違反による損害賠償を請求した。Kの死亡については労災認定がなされている。そこでは、①新規開店するD店のフロア長に昇進に伴う心理的負荷、開店日を期限として短期間のスケジュールが組まれていたことなどから業務の困難性及び責任の発生を認め心理的負荷が強く、②時間外労働時間も死亡前1か月は106時間21分、直前1週間は、47時間30分と極度に多い、③Kはうつ病にり患して自殺したと認定されている。

2 判決の概要
「Kの業務の負荷について検討する前提としての終業時間ないし時間外労働時間は、これが労働基準法その他関係法令に定める労働時間に直ちに該当するかどうかはともかく、上記にみたとおりであると解するのが相当である。」として、実際の退館時刻ではなく、実際に作業をしていた時刻を認定した上で、自殺直近1か月の時間外労働時間を94時間30分、直近一週間は39時間55分であると認定した。
「Xらが主張するような、Kが月100時間を超える時間外労働をしていたという事実が認められないのは前記のとおりであって、長時間労働と精神疾患の発症との明確な関連性はまだ十分には示されていないとの医学的知見に照らせば、Kの時間外労働時間が死亡直近の1か月でおおよそ94時間30分、死亡直近の1週間でおおよそ39時間55分に及んでいる点のみをもって、Kが極めて強い業務上の負荷を受けていたと直ちに評することはでき」ない。
「Kの業務上の負荷については、フロア長への昇格や短期間での労働時間の増加により、一定程度の心理的負荷が生じていたということは否定できないが、他方、開店準備作業に大幅な遅れが生じていたとは認めらないこと、作業期間中のKの具体的業務について、特段の負荷が生じる内容であるとは認められず、本件過誤(Kのミスで商品陳列をやり直すということがあった)についても強い心理的負担を生じるものとはいえないこと、Yの支援・協力体制に不備があったとはいえない上、店舗内の人間関係についても特段問題はなかったことなどからすれば、Kについて、精神障害を発症させるほどの強い業務上の負荷が生じていたとはいえない」として、遺族らの請求を棄却した。

3 留意点
(1)本判決が労災認定と異なる判断となったポイントは、①裁判所が労災認定の基礎となった直前月100時間の長時間労働を認めず、②長時間労働と精神疾患発症との明確な関連性が十分には示されていないとの医学的知見に基づき、長時間労働だけではなく業務に関する心理的負荷の有無を検討し、③証人尋問等で明らかとなった事実をもとにKに精神障害を発症させるほどの強い業務上の負荷を否定した点にある。
(2)②の点については、長時間労働においても、そこでなされる個々の業務の心理的負荷はまちまちであることを考えれば妥当です。しかし、本判決は、長時間労働の存在を決して軽視しているわけではありません。長時間労働が存在すれば労災が認められ、使用者の責任も認められる傾向にあることには変わりはないことには注意が必要です。

以 上

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