定年退職後の継続雇用の賃金・賞与は、定年以前と同一でなければならないか?
2016年6月1日 お知らせ
~「長澤運輸事件」東京地裁平成28年5月13日判決の波紋~
1 近年、有期雇用労働者と無期雇用労働者(正社員)の間の賃金等に相違がある場合に、それが労働契約法20条に違反する不合理な労働条件にあたるとして裁判が起こされる事件が続いている。本件判決は、定年退職後の有期契約の嘱託社員(正社員と同じパラセメントの配送業務を担当)について、定年前と賃金(賞与を含む)に相違を設けることは不合理であるとした。定年後の再雇用に際しては、賃金を6割から7割程度に減額する企業が多いので、本件判決の射程が重要だ。
2 判決は、㈠法20条の解釈について、有期契約労働者の[1]「職務の内容」(業務の内容及び責任の程度)と[2]「職務の内容及び配置の変更の範囲」が無期契約労働者と同一であるにもかかわらず、重要な労働条件である賃金の額について相違を設けることは、その相違の程度に関わらず、これを正当とすべき特段の事情がない限り不合理とした上で、㈡本件の場合、原告の上記[1]、[2]は正社員と同一であり、定年の前後で職務遂行能力に有意な差が生じるとも考えにくいこと等から、特段の事情がない限り賃金等の相違は不合理とした。
そして、本件の場合、被告会社の財務状況ないし経営状況から賃金コストの圧縮の必要性があるといった事情が認められないにもかかわらず、賃金コスト圧縮のために嘱託社員の賃金を新規採用の正社員よりも低く設定するものであり正当性はないとして、特段の事情は認められないとした。
3 判決も、賃金コストの無制限な増大を回避しつつ、定年到達者の雇用を確保するために再雇用後の賃金を下げること自体には合理性があるとしている。
しかし、上記[1]「職務の内容」と[2]「職務の内容及び配置の変更の範囲」が正社員と同一であるにもかかわらず、賃金の額に相違を設けることには大変厳しい態度を取った。判決のいう特段の事情とは、通常は、余程の例外的事情を会社が証明しない限り原則通り不合理と評価するという意味だ。
4 本判決で注目すべきもう一つの点は、嘱託社員の労働契約の賃金(賞与を含む)に関する部分を法20条に違反し、無効とするとともに、正社員就業規則の賃金(賞与)に関する定めが適用されるとしたことである。過去の差額賃金の支払いだけでなく、今後についても正社員の賃金等を請求できる地位にあることを確認している。法20条に関し、賃金規程、就業規則のいわゆる合理的・補充的解釈を行った初めての判決である。
5 定年後の嘱託社員については、多くの場合、上記[1]について、定年前の責任ある地位から外す、[2]について配置転換はなくす等、正社員と差異を設けて賃金等にも差異を設ける例が多いと思うが、同一のままでは本件のような問題が生じかねないということだ。実務上、注意する必要がある。
とはいえ、本判決の法20条に関する上記のような解釈や事実認定については、実務家の間でも異論がある。東京高裁に控訴されているのでその結果が注目される。
また、現在有期雇用と無期雇用の賃金の相違については、異なる内容のいくつかの裁判が既に係属しており、今後も法20条に関する裁判には目が離せない。