お知らせ

過労自殺をした行員の遺族が銀行の取締役に対して株主代表訴訟

2016年9月17日 お知らせ


~取締役の「安全配慮義務履行体制構築義務」と肥後銀行事件~
1 遺族が株主代表訴訟
 新聞報道(平成28年9月3日朝日新聞夕刊))によると、過労自殺をした肥後銀行の行員の遺族(妻)遺族が、株主の立場で当時の役員11人を被告に2億6000万円余りを賠償するよう求める株主代表訴訟を提起する予定とのことだ。
 平成14年10月17日に、熊本地裁は、肥後銀行に対し、過労自殺をした従業員の遺族に1億2886万円の損害賠償を命じる判決を出しているが、元行員が持っていた株式を相続した遺族が、今度は、当時の取締役に対して会社に対して上記2億6000万円の損害を賠償せよと請求することになる
2 取締役の安全配慮義務履行体制構築義務と社員・遺族に対する損害賠償責任
 新聞報道によると、この事件では、上記熊本地裁判決が、死亡前4か月に、月113時間から207時間の時間外労働があったと認定しており、労基署長も労災認定をしている。
 取締役の損害賠償責任については、「サン・チャレンジほか事件」東京地裁平成26年11月4日判決は、パワハラと過重労働が原因で社員が自殺をした事案で、会社は労働基準法、労働安全衛生法、労働契約法等に基づき社員に対する安全配慮義務を負っているが、取締役は会社がこの安全配慮義務を遵守する体制を整えるべき注意義務を負っており、社員の長時間労働や上司によるパワハラ等を防止するための適切な労務管理体制を何ら採っていない代表取締役は、会社法429条に基づき取締役としての損害賠償責任があるとした。長時間労働による心疾患の事例であるが、大庄ほか事件 京都地裁平成22年5月25日判決も、取締役の安全配慮義務履行体制構築義務違反を任務違反として損害賠償を命じている。
 このように、これまでは取締役の責任追及がされるとしても、社員、遺族から損害賠償請求がされるケースであった。
3 今回は、取締役に対する株主代表訴訟
 会社法は、株主が、株式会社のために役員に対し、責任追及の訴え(株主代表訴訟(会社法847条))を提起することができると定めているが、今回報じられているのは、役員が安全配慮義務履行体制構築義務を怠ったことにより銀行が損害を被ったとして、会社のために損害賠償を請求する訴訟だ。
 法律的には、極端な長時間労働が蔓延している実情を認識し得たにもかかわらず、それを改善するための対策を全くとらずに放置しているような場合には、安全配慮義務(労働契約法5条)を履行する体制を構築する義務に違反したとして取締役の責任が問題とされざるを得ない。
4 株主代表訴訟にどう向き合うか
 小規模の会社では、労働実態について各取締役が把握することは比較的容易だろうが、大会社になると労務担当の取締役以外は必ずしも容易とはいえないだろう。あまりに高度な義務と損害賠償責任を負わせることは、有為の人材を取締役に得られなくするとする意見もある。
 しかし、取締役には、法律上、代表取締役を含めて他の取締役が適正な業務執行を行っているか監視する義務を負っており、職務執行の適性をチェックする内部統制システムの構築義務を負うとともに構築義務が履行されているか否かを監視する義務を負っているとされている(大和銀行株主代表訴訟事件 大阪地裁平成12年9月20日判決)。
肥後銀行の裁判がどのような判決を出すか注目されるが、会社は、その判決を待つことなく、会社の実情に合った安全配慮義務履行体制を検討、構築する必要がある。

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