判例・事例

新型コロナウィルス対応にまつわる主な法律問題

2020年4月23日 その他


新型コロナウィルス感染拡大及びこれを受けた緊急事態宣言(全国に拡大)により、各社対応を迫られていることと存じます。当事務所にも、これにまつわるご相談が増えております。そこで、今回は実際にあったご相談例をもとに、「従業員」との関係、「取引先」との関係で特に問題となりやすい点をご紹介したいと思います。
本記事が少しでも皆さまのお役に立てば幸いです。

1 従業員との関係

⑴ 従業員が新型コロナウィルスにかかったら(陽性反応あり)
PCR検査等により新型コロナウィルスの感染が判明し、都道府県知事から感染症法に基づく就業制限が課されれば、「使用者の責めに帰すべき事由による休業」(労働基準法26条)に当たらないため事業主に休業手当の支払義務はありません(厚生労働省「新型コロナウィルスに関するQ&A(企業の方向け、令和2年4月21日時点版)」4-問2)。
欠勤となる労働者は、傷病手当金の申請が可能です。また、年休が残っている労働者が取得を希望する場合は年休を取得させる必要があります。

⑵ 新型コロナウィルス感染が疑われる従業員への対応
事業主の自主判断で休業させる場合には、休業手当(平均賃金の6割、労基法26条)の支払が必要です。他方、「帰国者・接触者相談センター」(全国の保健所などに設置)への相談を踏まえても就労が可能であり、事業主も出勤を認めている場合に発熱などの症状がある労働者が自主的に休む場合は通常の欠勤と同様に扱って構いません(厚生労働省「新型コロナウィルスに関するQ&A(企業の方向け、令和2年4月21日時点版)」4-問4)。なお、事業主として出勤を求める場合は、不調を訴える従業員と他の従業員及び顧客が濃厚接触者(国立感染症研究所 感染疫学センター「新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領(令和2年4月20日版)」)とならないよう、最大限の配慮をする必要があります。
また、発熱がある従業員については、出勤しないよう努めるように政府から要請されているところですし、当該従業員に対する健康に配慮する観点からも、出勤を命じることには慎重であるべきでしょう。

⑶ 新型コロナウィルスの影響により取引先が事業休止となり、自社も事業休止せざる得ない場合の休業手当について
事業主が休業手当を支払う義務を負うかどうかは「使用者の責めに帰すべき事由による休業」(労基法26条)に当たるか、それとも不可抗力による休業といえるかによります。新型コロナウィルスを原因とした休業であるとしても一律に(不可抗力による休業として)休業手当の支払が不要となるわけではない点に注意が必要です。
この点、厚労省は、当該取引先への依存の程度、他の代替手段の可能性、事業休止からの期間、使用者としての休業回避のための具体的努力等を総合的に勘案し判断する必要があるとしています(厚生労働省「新型コロナウィルスに関するQ&A(企業の方向け、令和2年4月21日時点版)」4-問5)。
在宅勤務も含め他に配置可能な業務があるのであれば、労働者とよく話し合い、配置転換を実施して就労させ、賃金支払を確保する努力が必要でしょう。
また、新型コロナウィルス関連の休業に関し雇用調整助成金の拡充措置(上乗せの要件を満たす場合、助成率は支給した休業手当のうち大企業4分の3、中小企業10分の9です。ただし、令和2年4月1日から6月30日までの期間。上限額は1日当たり8,330円 。)が取られています。休業手当を支給する場合は申請を検討しましょう。
現在、申請書類の大幅な簡素化が行われていますが、なおも記載事項が多くわかりにくい点も多いかと思います。しかし助成金の申請をあきらめず、早めに弁護士、社会保険労務士等の適切な専門家のアドバイスを受けることをお勧めいたします(事前に適切な内容の労使協定を締結した上で休業を実施する必要がありますので、その点からも早めの相談をお勧めいたします)。
なお、雇用調整助成金は支給要件を満たす事業主であれば、外国人労働者も支給の対象となります。

⑷ 緊急事態宣言の発出による取引先の事業所閉鎖
緊急事態宣言の発出に伴い取引先の事業所が閉鎖となる場合の対応についてです。
Q 弊社は倉庫のピッキング業務を受託しています。緊急事態宣言の発出を受け、取引先の倉庫が閉鎖したため、同倉庫で働いていた作業員を勤務させることができなくなりました。業務の性質上、在宅勤務は困難です。このような従業員についてどのように対応すればよいでしょうか。
A そのような従業員に対しては、まずは、
①別の現場への配置転換等により就労を継続させ、通常通りの賃金を支払うという手段をご検討ください。
②次に、配置転換が困難であり、当該従業員に休業してもらうほかない場合には、休業手当(平均賃金の6割以上)の支給が必要となります。なお、不可抗力による休業の場合には休業手当の支払義務はないとされていますが、前述のとおり一律に休業手当の支払が不要になるわけではなく、緊急事態宣言の発出に伴う場合も基本的に上記の諸要素を総合的に考慮しての判断となります。結論的には本事案で不可抗力と認定されるか否かは不透明な状況です。労基法違反とされるリスクがあることを念頭に、なるべく休業手当を支払う方向で検討をするのがよいでしょう。雇用調整助成金の申請は十分可能であると考えます。
③本事案で会社から強制することはできませんが、当該従業員から年次有給休暇の取得希望があった場合はこれを認めることより対応することも一つの方法です。

⑸ 事業場の閉鎖と整理解雇(雇止め含む)
急激な業績悪化に伴い人員整理が必要となる場合、やむを得ず整理解雇を検討せざるを得ない場面も想定されます。整理解雇の有効性については、多くの裁判例で次の4要素に着目した判断がなされています。
①人員削減の必要性(経営不振などによる企業経営上の十分な必要性があること)
②解雇回避努力義務を尽くしていること(配転、休業等の雇用維持を図るための手段を具体的に検討していること)
③被解雇者選定の妥当性(欠勤日数、遅刻回数、規律違反歴などの勤務成績や勤続年数などの客観的で合理的な基準に基づいて選定していること)
④手続の妥当性(解雇を実行する前に労働者(労働組合がある場合は組合)に対する十分な説明をして協議していること)
有期雇用労働者に対する雇止め(契約更新の拒絶)の場合は、更新回数、更新手続の状況(更新時に更新契約を取り交わしているか等)により判断が異なる場合があります。
一般に整理解雇をする場合には労使紛争が生じやすいため、紛争リスクも考慮にいれなければなりません。整理解雇を検討される場合はぜひ予め弁護士へご相談ください。

⑹ 解雇後の失業手当
タクシー事業者が乗客の減少により苦境に陥り、雇用調整助成金をもらって運転者の雇用を維持するのではなく、需要が見込めるようになったら再雇用するということを念頭に失業手当を受給してもらうため運転者600人を一旦解雇したという報道がありました。
政府の自粛要請により人の移動自体が減少し、利用客の激減に晒されているタクシー事業者の苦肉の策であると感じずにはいられませんが、周知のとおり日本の裁判所では解雇の有効性を事業者にとって厳しく判断する傾向がありますので、解雇の有効性を争う裁判となった場合には事業者が雇用維持のための努力をどれだけ行ったかが問われます。
今回の新型コロナウィルスの感染拡大に関していえば、事業の縮小に伴い事業主が労働者を休業させる場合、休業手当の支給が必要となるものの(労基法26条)、①雇用調整助成金により中小企業であれば支給額の10分の9(但し上限あり)は補填されます。また②日本政策金融公庫等金融機関による実質無利子・無担保の融資制度もありますので、こういった雇用維持のために取り得る手段を尽くすことは最低限事業者に求められるでしょう。
なお、雇用保険の基本手当(いわゆる失業手当)は、再就職活動を支援するための給付であるため「再雇用を前提としており従業員に再就職活動の意思がない」と認定される場合には支給されないと厚労省が指摘していますので、上記のタクシー事業者の例は必ずしも思惑通りに事が進むとは限らない点に注意が必要です(厚生労働省「新型コロナウィルスに関するQ&A(企業の方向け、令和2年4月21日時点版)」4-問12)。

⑺ 従業員からの就業拒否
新型コロナウィルスへの感染を恐れた従業員が会社からの出社命令に違反し、出社しない場合の措置としては、以下のとおりです。
ノーワークノーペイの原則に基づき、欠勤中の賃金を支払う義務はありません。また、会社は出勤命令を出しているのですから、休業手当の支給義務はありません。
業務命令に違反しているということで、懲戒処分の対象にはなり得ますが、懲戒解雇等の重い処分を課すことは難しいでしょう。また、欠勤期間がどの程度続くか等にもよりますが、解雇も慎重な判断が求められます。
ケースバイケースで対応を検討しなければなりませんので、お困りの場合は遠慮なくご相談ください。

⑻ 学校等の休校により子を監護する必要のある従業員への対応
臨時休業した小学校、特別支援学校、幼稚園、保育所、認定こども園等に通う子どもを世話するために従業員に特別有給休暇(法定の年次有給休暇の取得は該当しません。)を取得させた場合、休暇中に支払った賃金全額(1日8,330円が上限)が政府から助成されます。
この助成金は、令和2年2月27日から6月30日までの間に従業員に休暇を取得させた場合が対象となります(申請期間:9月30日まで)。
半日単位、時間単位での休暇取得も対象となります。
就業規則に休暇制度を規定しておくことが望ましいですが、たとえ規定整備が間に合わなくとも助成金の対象になります。
さらに、対象期間中であれば法定の年次有給休暇、欠勤、勤務時間短縮として処理していたものを事後的に特別有給休暇に振り替えた場合も支給対象となります。
ただし、会社は労働者に賃金全額を支払う必要があります(1日8,330円を超える場合も所定の賃金全額を支払う必要あり。)ので、注意が必要です。

2 取引先との関係

⑴ 請負債務の履行不能とその責任
例えば清掃業務等の請負契約を受託している場合に、新型コロナウィルス感染拡大が理由で請負業務を遂行することが出来ない場合、受託者(請負人)は不可抗力による免責を主張して契約上の責任を免れることができる可能性があります。個別具体的な状況や締結している契約の解釈によるところが大きい問題ですので、取引先との対応にお困りの場合はぜひご相談ください。

⑵ 請負契約の打ち切りと補償
新型コロナウィルス感染拡大の影響により請負契約の委託者(発注者)側が業績不振に陥り、請負契約の打ち切りを求める場合が増えています。特に契約期間途中の場合などで、受託者(請負人)は期待していた利益を得る機会を失うこととなるため、その補償をどのように行うのかが問題となります。
基本的には締結している契約の内容次第ということになりますが、委託者、受託者双方による適切な協議が望まれます。契約書の中途解約条項(一定期間の予告期間を設けている場合があります)、違約金の定め等も見ながら検討してください。
また、委託者と受託者の事業規模、請負業務の内容によっては下請法による保護が考えられ、経産省においても①納期遅れへの対応、②適正なコスト負担、③迅速・柔軟な代金支払、④発注取消し・変更への対応に関し、下請事業者への一層の配慮を講ずるよう要請を出しています(2020年3月10日付経産省ニュースリリース「新型コロナウィルス感染症により影響を受けている下請事業者との取引について、一層の配慮を親事業者に要請します」より)。

⑶ 注文主の請負代金支払困難
請負契約における委託者(注文主)、売買契約における買主等、取引上代金を支払う義務を負う当事者が新型コロナウィルス感染拡大の影響で資金繰りが悪化し支払が困難となる場合があります。
法律上は代金支払債務等の金銭債務及びその遅延損害金は、不可抗力免責となりませんので、委託者や買主等が支払自体を拒絶することはできません。受託者や売主等取引先と支払時期を猶予する等の協議をする、金融機関から融資を受けて支払い原資を確保するという対応が必要となります。

3 その他 (マスクの転売規制)

会社が購入したマスクを希望する社員に販売する場合、マスク転売規制に留意する必要があります。
禁止されるのは、次の3つの要件をすべて満たす転売行為です。
①不特定の相手方に対して販売をする者からマスクを購入し、②購入価格(仕入価格)を超える価格で、③不特定又は多数の者に対して転売する行為。
要件①はスーパー、ドラッグストア、ECサイトなどの小売業者のほか、製造業者、輸入業者、卸売業者、個人であっても一般消費者向けに広くマスクを直接販売している者が該当します(経産省「マスク転売規制についてのQ&A(最終更新令和2年3月16日版)」Q3-3)。要するに一般消費者向けの販売ルートから仕入れたマスクを転売する場合です。したがって、製造業者、卸売業者などから特定の事業者に対する販売としてマスクを仕入れた場合は要件①に該当しません(Q3-9、3-10参照)。
要件②の「購入価格(仕入価格)」には消費税や送料等を含みますが、1円でも「購入価格(仕入価格)」を超える価格で転売をすると要件②に該当するので注意が必要です。要件①及び③の要件に該当すると思われる場合は、要件②に該当しないよう気を付けなければなりません。マスク転売規制に違反した場合は、1年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金、またはその両方が科されます。

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