判例・事例

事業承継(事前対策)その1

2013年4月4日 事業承継、M&A


 事業承継というのは、経営者個人にとっても、会社にとっても非常に
大きな問題です。
 事業承継においては、相続が発生する前に対策を講じておくことが最も
重要ですが、往々にして十分な対策がなされないまま、
相続が発生してしまい、経営権をめぐる紛争等様々な問題が生じがちです。
 そこで、初回の今回は、相続が発生する前に対策を講じておくことが
如何に重要であるか、その理由について、詳しくご説明したいと思います。

事前対策の重要性について

(1)まず、イメージがわきやすくするために、以下のケースに沿って、
考えていきたいと思います。

 X社のオーナー経営者であるAが死亡。Aの妻は既に亡くなっており、
Aの相続人としてはいずれも子のB、C、Dのみ。

 Bは、12年前にX社に入社し、Aの後継者として指導されていた(現在取締役)。
 Cは、Aとは昔から折り合いが悪く、18年ほど前に家を出て以降、疎遠になっている。
 Dも結婚して家を出ており、現在は遠方で暮らしている。C、DともX社とは無関係。

 死亡当時、AはX社の株式を100%保有しており、株式数は7万株。
現在の1株当たりの相続税評価額は3万円。
 Aには、上記X社の株式の他に、A個人所有のX社の工場(土地及び建物)、
現預金等6億円分の資産があった。
 なお、Aは生前に遺言書を作成しておらず、特別受益※(注1)や寄与分※(注2)
に当たる事情はないことから、B、C、Dが法定相続分どおり1/3(9億円分)ずつ
相続するものとする。

 ※(注1)特別受益とは、共同相続人の中に、遺贈や相続財産の前渡しとみられる
     生前贈与を受けた者がいる場合に、その者が上記遺贈・生前贈与により
     受けた利益をいいます。共同相続人間の公平を図るため、民法903条で、
     これを考慮して相続分を算定することが規定されています。

 ※(注2)寄与分とは、共同相続人の中に、被相続人の財産の維持又は増加に
     特別の寄与(通常期待される程度を超える貢献)をした者がある場合に、
     共同相続人間の公平を図るため、その者に相続財産のうちから相当額の
     財産を取得させる制度です(民法904条)。ただし、寄与分の額につき、
     共同相続人間で協議が整わない場合には、家事調停を行い、調停が
     不成立となった場合には家庭裁判所の審判により決定する必要があります。

(2)このようなケースにおいては、主として、以下のような問題が生じ得ます。
 
 ア 遺産の帰属が決まるまでの間に時間がかかり、円滑・迅速な事業承継が
  困難である

 
(ア)遺言書が作成されていない場合には、遺産のうちどれを誰に帰属させる
   かは、遺産分割手続により決めることになります。
    相続人間の話合い(遺産分割協議)により円滑・迅速に帰属が決まれば
   問題ないのですが、往々にして意見の対立があり、協議がまとまらず、
   調停を経て、審判まで以降するというケースも多く、遺産の帰属が決まる
   までに数年かかることもよくあるところです。

 
(イ)遺産の帰属が決まるまでの間、以下のリスクを抱えることになります。
 
   a 後継者でないC・Dにより会社が支配されるおそれ
     遺産のうち、株式については、遺産分割がなされるまでの間は
    相続人全員の共有(準共有)とされることから、会社法106条により、
    共有者(B、C、D)は、当該株式についての権利を行使する者一人
    を定め、会社に対して通知しなければ、当該株式についての権利を
    行使できないことになります。
     この権利行使者の指定は、最高裁判例により、持分価格の過半数
    によるものとされていますので、それぞれ1/3の持分を有するCとD
    が協力し合えば、CまたはDのいずれかを権利行使者として指定し、
    その者が議決権を行使することにより、例えば、取締役Bを解任し、
    新たにCを取締役に選任するなどして、C・Dが会社経営を支配する
    おそれがあります。

   b 工場が自由に利用・処分できなくなるおそれ
     不動産についても、遺産分割がなされるまでの間は相続人全員の
    共有となるとされています。遺産分割前に、自らの持分を第三者に
    譲渡することは可能ですので、C・Dにより、工場の土地・建物の
    持分が全くの第三者に譲渡され、当該第三者との共有状態が生じ、
    その利用・処分に制限がかかるおそれがあります。

 イ 遺産分割後においても、後継者Bの地位が極めて不安定になる
    仮に、遺産分割手続が終了したとしても、本ケースにおいては、
   仮にBがX社の株式のみを相続するとしても、7万株のうち3万株しか
   相続できません。
    したがって、後継者であるはずのBは遺産分割をしてもなお
   議決権の過半数を確保することができず、Bの地位というのは
   極めて不安定なものとなります。
    これに対しては、例えば、BないしX社がC・Dから株式を買い取る形で
   解決することも考えられますが、C・Dが協力して会社を支配しようと
   考えている場合には、このような解決は不可能ですし、そうでなくとも
   資金面での問題や、とりわけ会社が買い取る場合には、会社法416条に
   よる財源規制がかかるなど種々の問題があり、このような解決は困難と
   言わざるを得ません。

 ウ 工場が他の相続人に帰属することによる問題
    また、本ケースにおいては、遺産分割協議の結果、BがX社の株式
   のみを相続し、工場(土地及び建物)については相続できなくなる
   可能性もあります。
    X社とは関係のない者(C、DまたはC若しくはDから譲り受けた全くの
   第三者)の所有になることで、事業に不可欠な工場がこれまでのように
   自由に使用できなくなり、場合によっては事業の継続が困難となることも
   考えられます。
    また、Bには(Bの個人所有の不動産がない限り)融資を受ける際の
   担保となるべき不動産がないことになりますので、資金繰りにも支障を
   きたしかねません。

 ~おわりに~
   このように、事前対策を講じておかないと、後継者以外の者が
  会社を支配するようになったり、後継者に承継できたとしても、
  その地位は極めて不安定になり、事業運営上も種々の障害が生じる
  リスクが高くなります。
  (もちろんないに越したことはありませんが)不測の事態がないとも
  限りませんから、転ばぬ先の杖として、これまで築き上げてきた会社の
  存続・さらなる発展のため、実際にこれから事業を行っていくことに
  なる後継者のため、また社員さんのため、お客様のためにも、
  早めの対策を講じておくに越したことはないと思います。

  それでは、具体的には、どのような対策が考えられるでしょうか。
  次回以降、検討していきたいと思います。

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