判例・事例

改正障害者雇用促進法といわゆる問題社員のはざま(1)

2016年2月15日 その他の事例・判例


労働問題の現場では、精神障害あるいは発達障害だけではなく、いわゆるパーソナリティー障害(人格障害)が疑われるような問題社員の対応に苦慮することがある。

【金属加工会社社員の例】

(1)私が担当したある事件(事実関係は加工してあります)。金属加工会社が、海外のグループ会社に勤務する社員を中途採用した。その職務経歴を評価して採用したのだが、社員は、採用後、自分の能力、経歴からすれば、賃金や手当などでもっと厚遇されるべきだと主張して、待遇について通常では考えられないような要求を繰り返すようになった。会社は、丁度その時期、グループ会社の業績が思うように伸びなかったことから計画を変更し、当該社員に退職勧奨したところ、当該社員は合同労組に加入し、退職勧奨の撤回と団交を申し入れてきた。

ここで、会社は対応を誤り、乱暴に解雇をしてしまったため、合同労組の激しい抗議活動や団交での厳しい追及が続くことになる。

ここまでなら、よくある事件の一つなのだが、この事件の社員は、キレると普通ではない激しい言動、糾弾を継続して行い、周囲の社員や役員、社長を精神的に参らせてしまう。私が相談を受ける以前に担当をしていた社会保険労務士も長時間にわたる面談や電話での執拗な糾弾を受け、困り果てていた状況だった。団交でも、労組及び本人から厳しい追及が続き、一方的に会社がその非を認めて謝罪するとともに、賠償金を支払う労働協約が結ばれていた。

これ以外にも、当該社員は、他の社員と様々なトラブルを引き起こしており、会社内部で社員本人を恨む社員も少なくない状況だったのだが、ある事件が発生し、会社の使用者責任も追及されるといった事態も生じていた。そして、まだ社員は労災申請こそしていなかったが、それら事件の影響でメンタル不調になったと主張し、精神科を受診するようになっていた。なお、丁度その時期に社員は従事していた作業中に足を負傷したため、その労災が認定され、休業補償、療養補償を受けながら休業していた。

(2)社長や役員は、疲れ切った状態でご相談にいらっしゃったが、事情を聴けば聴くほどパーソナリティー障害が疑われる本人だった。いずれ、足の労災が治癒認定を受けると職場復帰を求めてくることは必至だったが、会社としてはどうしても戻すわけにはゆかないとのことだった。また、当該社員がいることで、現実に他の有能な社員が退職した事実があり、おそらく同じような事態が予想されるとのことだった。

しかし、事実経過や客観的証拠は、率直にいって会社に不利なものばかりであり、過去の不当解雇を団交で追及されて撤回した経過があるため、安易な解雇はできない。解雇の客観的合理的理由についても、決定的な事由はなかった。

(3)そこで、まず団体交渉に弁護士が委任をうけて交渉に臨み、団体交渉を「正常化」することにした。明らかに会社に非がある過去の事実については、適切に謝罪をするとともに、不当、過大な要求はきっぱりと断った。何度か団交を重ねたが、一つ一つ過去の問題は解決し、金銭請求などは、相手方から退職に応じる姿勢が見られないうちは断り続けた。

そのうち、そろそろ足の労災の治癒認定が予想される段階になったため、精神疾患について休職命令を発令することを想定しながら、就労が可能か否か主治医の診断書を提出するよう求めた。案の定、診断書は、就労に問題はないと簡単に診断する内容であったが、その診断書が提出されてから労災の治癒認定が出るまで数カ月間があいたこともあり、会社の指定医の診察を受けるよう求め、指定医には、本人の病状を診察してもらうとともに、これまでの経過や職場の状況をよく理解してもらったうえで就労可能か否か診断をしてもらうことにした。

(4)指定医の診断は、本人の精神疾患がいまだ職場で就労することが可能なほどに回復しているとはいえないという内容であり、本人は、怒り心頭といった様子ではあったが、できる限り円滑に話し合いで退職をしてもらうために、再就職支援も含めた退職条件を提案して、最終的には金銭解決で合意退職となった。

本件のような事例は、過去の不適切な対応によるマイナスをプラスマイナスゼロの対等な立場までいったん引き上げる必要があるのが難しいのだが、治療による職場復帰は困難な事例であり、適正な手続きを踏んで合意退職に持ってゆくしかないと思う。

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