判例・事例

L産業事件(東京地裁平成27年10月30日判決)

2017年8月2日 その他の事例・判例


はじめに
今回は、職務等級制度のもと職務変更に伴う降級の有効性が問題となった裁判例をご紹介
いたします。

1 事案の概要
原告Xは、被告Y社(L産業)の医療事業部医薬情報部においてチームリーダーとして勤務し、マネジメント職の「E1」グレード区分に格付けされていた。平成25年6月、Xが所属していたGチームが解散することになったため、Xは同年7月1日付で、職務を医薬事業部臨床開発部医薬スタッフとし、グレードを医薬職・ディベロップメント群の「医薬1」に変更された。また、基本給が月額約63万円から約49万円に減額された(賞与を含めた年収ベースでは年間合計で52~68万円程度の減収)。
そこで、Xは、降級前のグレードにつき労働契約上の地位を有することの確認、降級前後の賃金差額等の支払いを求めて提訴した。

2 判決の概要
Xの担当職務の変更を内容とする本件人事発令については、これに伴うグレード及び給与等の労働条件の変更を含め、「業務上の必要性がない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、それが他の不当な動機・目的をもってされたものであるとき若しくはXに通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情がある場合には、人事権の濫用として無効になると解するのが相当である」。
本件で、Gチームの解散によりXの従前の職務、役職自体なくなったのであるから、Xを同チームリーダーの地位から外すことについて業務上の必要性が認められる。また、不当な動機・目的があったことをうかがわせる証拠は見当たらない。そして、Xに生ずる不利益の程度については平成24年度の年間収入との対比において4.5%から5.9%程度の減収が生じたことになるが、職務内容・職責に変動が生じていることも勘案すれば通常甘受すべき程度を超えているとみることはできないことを認定し、本件人事発令及びこれに伴うXのグレード変更を有効とした。

3 実務上の留意点
本件は、いわゆる職能資格制度(職務遂行能力を資格とランク(級)に序列化して基本給を定める賃金体系)ではなく、職務等級制度(職務を職責ごとに等級化し、等級ごとに給与範囲(レンジ)を設けて各労働者毎に賃金を決定する制度)のもとで職務変更が行われ、それに伴い賃金の減額が生じた事案です。過去にも下級審裁判例で同種の紛争が生じていますが、裁判例の判断基準は事案により区々です。職務変更(いわゆる配転)と降格の両方の性質を併有する人事処分であることが多様な判断をもたらす要因となっていますが、本判決の特徴は職務変更と賃金減額を一体のものとして把握しつつ、配転命令の有効性について判断した東亜ペイント事件最高裁判決の判断枠組みを提示し(「2 判決の概要」下線部分)、本件人事命令の業務上の必要性や労働者の被る不利益を比較的緩やかに認定している点です。本件で裁判所がかかる判断枠組みを示したのは、Y社の就業規則・給与規則上職務分類が明示され、かつ職務に応じて賃金が決定されることが明記されていたこと、実際に職務変更に伴い賃金減額が実施されてきたという実態があったことが前提となっているように思われます。実務上は、就業規則に職務等級制度の採用及び職務の変更に伴う賃金減額が生じ得ることを明記し、かつ実際にも就業規則に従った運用を行うことが重要となります。
             
                                        以上

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