判例・事例

従業員同士の喧嘩による負傷と会社の使用者責任・安全配慮義務【A研究所ほか事件(横浜地裁川崎支部平成30年11月22日判決)】

2019年12月5日 その他の事例・判例


事案の概要
被告Y2社は訪問介護サービス等居宅サービスの提供を業とする会社であり、原告Xは看護師として平成26年4月5日に、被告Y1は訪問介護員として平成25年12月19日にそれぞれY2社に雇用された。
平成26年4月20日、利用者からのクレーム(利用者宅に設置した通報装置を使ってY2社のB事業所に緊急コールをしようとしたがつながらなかったとのクレーム)について、その原因がY1の確認不足にあったか否かでX・Y1間で言い争いとなり、勤務時間中、B事業所内においてY1がXの着衣のフードと髪を下に強く引っ張り、さらにXを仰向けに倒してその上に馬乗りとなり、右手でXの左側頭部の頭髪をつかみ、Xの右上腕部を左手で押さえる暴行を加え、Xは負傷した。XはY1に対しては不法行為に基づき、Y2社に対しては使用者責任又は安全配慮義務違反に基づき、損害賠償請求の訴えを提起した。

本判決の要旨
1 Y2社の使用者責任の成否
「本件暴行は、被告会社の事業所内において同被告の従業員同士の間で勤務時間中に行われたものではあるが、その原因は、本件暴行前から生じていた原告と被告Y1との個人的な感情の対立、嫌悪感の衝突、原告の同被告に対する侮辱的な言動にあり、本件暴行は、私的な喧嘩として行われたものである。」と認定して、Y2社の使用者責任を否定した。

2 Y2社の安全配慮義務違反の成否
本件暴行はXの入社後3回目の勤務日に行われたものであること、XとY1の勤務時間の関係上、両者が顔を合わせる機会は1日当たり1、2時間程度(入社後暴行事件までの合計でも4時間程度)に止まること、Y1が本件暴行前に他の従業員に対し暴行を加えたことがあったなどの事情はなく、Y1とXが険悪な状態になっているとの報告がY2社に寄せられたなどの事情もないことから、Y2社はY1が本件暴行に及ぶ可能性について予見できなかったから、結果回避義務はなかったとして、Y2の安全配慮義務違反を否定した。
(なお、暴行をしたY1の不法行為責任は肯定。ただし、XはY1を貶める発言等によって本件暴行を誘発したとしてXの過失を3割と認定して賠償額を減額した。)

本判決の評価
従業員同士の喧嘩で会社に使用者責任に基づく損害賠償義務が認められるか否かについて、最高裁は「被用者の暴行が、使用者の事業の執行についてされたかどうかは、当該暴行が使用者の事業の執行を契機とし、これと密接な関連を有すると認められるかどうかによって判断する。」としています(最高裁昭和44年11月18日判決)。この最高裁判例の後、下級審裁判例においては従業員による暴行と会社の事業執行との間に密接関連性をわりと広く認める傾向がありました。
その中にあって本判決は、事業所内における業務時間中の暴行であるにもかかわらず、暴行前からのXとY1との間の個人的な感情の対立があったこと(両者は初対面の時からお互いに不快感を抱いていたということが認定されています。)、実際には利用者からのクレームの原因はXが緊急コールの受信装置の操作を理解していなかった点にあるにもかかわらずXがY1のミスなので会社に報告するなど事実に反しY1を貶める発言をし、Y1がこれに憤激したこと等の事情から私的な喧嘩であったと認定しました。他の裁判例と比べると特徴的な判断をしていると言え、実務上参考になります。ただし、本件ではXの入社後間もない時期に本件暴行事件が発生している等のやや特殊な事情があるという点には留意が必要です。
また、XとY1との接触の機会がそもそも少なかった本件事案においては、会社が本件暴行事件の発生を予見することは難しく、安全配慮義務違反が否定されたことは妥当な結論であるといえるでしょう。

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