判例・事例

試し出勤中の賃金~無給の合意があっても、最低賃金の支払義務を負うとした裁判例~

2019年3月20日 賃金に関する事例・判例


はじめに
今回は、休職中に行われた「試し出勤」中の賃金に関し、無給とする合意があっても、会社は最低賃金相当額の賃金の支払義務を負うとした裁判例(高裁判決)をご紹介したいと思います。

1 裁判例の紹介
(1)事案の概要
メンタル不調による休職期間が満了したことにより解職となったX(報道専任記者〔制作〕)が、解職が無効であると主張するとともに、休職中に行ったテスト出局が途中で中止されたのはY社の帰責事由によるものであるから、テスト出局開始から休職期間満了までの期間につき、①賃金規程による賃金(通常の賃金)または(①が認められない場合には)②最低賃金相当額の賃金の支払等を求めた事案。なお、「XとY社との間では、テスト出局中の作業については無給である旨の合意が存したものと推認される」とされています。

(2)裁判所(高裁)の判断
ア 裁判所は、Xの請求のうち、本件テスト出局期間中にXが実際に出局した時間に対応する最低賃金相当額の賃金の支払を求める限度で理由があると判断しました。
イ 理由(テスト出局による賃金請求権に関する部分・概要)

(ア)規範
(Y社における)テスト出局が、職場復帰の可否の判断をも目的として行われる試し出勤の性質を有するものであることなどにも鑑みると、休職者は事実上、テスト出局において業務を命じられた場合にそれを拒否することは困難な状況にあるといえるから、単に本来の業務に比べ軽易な作業であるからといって賃金請求権が発生しないとまではいえず、当該作業が使用者の指示に従って行われ、その作業の成果を使用者が享受しているような場合等には、当該作業は、業務遂行上、使用者の指揮監督下に行われた労働基準法11条の規定する「労働」に該当するものと解され、無給の合意があっても、最低賃金の適用により、テスト出局については最低賃金と同様の定めがされたものとされて、これが契約内容となり、賃金請求権が発生する。

(イ)給与規程による賃金(通常の賃金)の支払について【否定】
給与規程による賃金の支払請求が認められるには、賃金の対価に見合った債務の本旨に従った労務(履行)の提供が必要となるが、本件で、Xの行った作業がXの処遇区分(※「Xには業務として相応に高度な作業を遂行することが要求されていた」と評価されています)の賃金に相当する対価に見合う労務を提供したものと認めることは困難である。

(ウ)最低賃金相当額の賃金の支払について【肯定】
本件テスト出局中、Xは上司の指示に従って、Xの業務であるニュース制作に関与し、Xが関与したニュースは放映され、その成果をY社が享受しており、Xが出局していた時間は使用者であるY社の指揮監督下にあったものと見られるから、この時間は労働基準法11条の規定する労働に従事していたものであり、無給の合意があっても最低賃金の適用により、Y社はXに対し、その労働に対し最低賃金額相当の賃金を支払う義務を負う。


2 コメント
本判決は高裁判決であり、現在最高裁に上告されているようですので、これで確定というわけではないことに留意する必要があります。
とはいえ、このような高裁判決が出たことを踏まえて、復職の可否の判断のために、上司の指示の下、(本来業務とは難易度等が大きく異なるものの)企業側が利益を受ける一定の作業を伴う「試し出勤」を行う場合には、(休職中ではあるものの)最低賃金相当額以上の時給を支払って行うということも考えられはしますが、そうすると、傷病手当が支給されない可能性があるため、慎重に検討する必要があります。
どのようにするのが適切かは、作業の内容・態様、時間等にもよりますので、事前にご相談いただくのがよいでしょう。

なお、「試し出勤」に関しては、賃金の取扱い以外にも、そもそも実施することや実施期間・方法が妥当かといった点も問題になり得ます。また、実施に際しては、実施の条件を労使双方の共通認識とするため、事前に合意書等の書面で確認しておくのが適切です。そういった点からも、事前にご相談いただくのがよいと思います。                                                          以 上

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