判例・事例

施設入所中に事故死した重度知的障がい者の逸失利益の計算方法について、一般就労を前提とする平均賃金を基礎に求めることが相当とされた裁判例 社会福祉法人F学園事件(東京地裁平成31年3月22日・労判1206号15頁)

2020年2月17日 賃金に関する事例・判例


1.事案の概要
知的障害を有するKは、被告法人が経営する施設に入所していたが、ある日、施設を出て行方不明となったのち、山林で遺体となって発見された。Kは当時15歳であった。被告法人は、責任については概ね認める一方で、Kの逸失利益(生存していれば得ることができたであろう賃金収入等の利益)の金額について、Kが自閉症で最重度の知的障がい者であるから、一般企業において就労する可能性はなく、福祉的就労により得られる賃金を基礎とすべきであるとして争った。

2.裁判所の判断
自閉症で重度の知的障がい者であるKにおいて、一般就労を前提とした平均賃金を得る蓋然性はあった。逸失利益算定の基礎となる収入としては、福祉的就労を前提とした賃金や最低賃金によるのではなく、一般就労を前提とする平均賃金によるのが相当。
理由
・知的障がい者の一般就労がいまだ十分でない現状にあるとしても、かかる現状のみに捕らわれて、知的障がい者の一般企業における就労の蓋然性を直ちに否定することは相当ではない。
・個々の知的障がい者の有する潜在的なものも含めた稼働能力を検討した上で、一般就労の蓋然性を判断するべきである。
・特定の物事に極端にこだわるという自閉症の一般的な特性のほか、Kの行動が施設の職員や両親の想定を超えるものであったことに照らせば、Kは、特定の分野に限っては高い集中力を発揮し、場合によっては障がい者でない者よりも優れた稼働能力を発揮する蓋然性があったことが伺われる
・Kの就労可能期間が49年間と極めて長期に及ぶことに鑑みると、Kの特性に配慮した職業リハビリテーションの措置等を講ずることにより、潜在的な稼働能力が顕在化し、障がい者でない者と同等の、場合によっては障がい者でない者より優れた稼働能力を発揮した蓋然性は高い

3.実務上の留意点
人が死亡や後遺障害等により労働能力を失った場合の逸失利益(得ることができたであろう利益)の計算にあたっては、年収額を確定する必要がありますが、その年収額については、当該年収額を得られたであろう蓋然性が必要であるとされています。本裁判例では、Kが自閉症で重度の知的障がい者であることから、低い賃金で福祉的な就労を行うのではなく、一般的な賃金で通常の企業で就労することを前提とした計算をすべきか否かが問題とされました。
重度知的障がい者についての従前の裁判例では、最低賃金や福祉的な就労を前提としたものがありましたが、本裁判例は、それらとは異なり一般就労を前提とする年収を採用しています。障害者の雇用の促進等に関する法律に言及し、日本の障がい者雇用施策が大きな転換期を迎えていることに言及していることも本裁判例の特徴といえます。大企業を中心に障がい者の雇用が進み、特定の分野では驚くべき集中力を発揮するような障がいをもった労働者もいることは知られていますが、「一般就労の蓋然性がった」とした本判決には様々な評価がありうるところです。本判決は確定していますので、同種事案の裁判例の集積を注視する必要があります。

PAGE TOP