判例・事例

福祉事業者A苑事件判決(京都地裁平成29年3月30日判決)

2018年2月8日 労働条件に関する事例・判例


はじめに
 今回は、求人票の記載と実際の労働条件の相違について、労使間で別段の合意がない限り求人票記載通りの雇用契約が成立すると判断した福祉事業者A苑事件判決(京都地裁平成29年3月30日判決)についてご紹介します。

1 事案の概要
本件は、障がい児童に対する放課後デイサービス事業を行うYに雇用されていたXが、Yに対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めた事案です。
Yは、正社員・雇用の始期=平成26年2月1日、契約期間の定めなし、定年制なし等とする求人票(以下、「本件求人票」といいます。)を作成し、ハローワークに求人申込みを行いました。Yの代表者は、実際の契約内容は契約時に改めて決めればよいと考えていました。
平成26年1月当時64歳であったXは、定年制がない点に魅力を感じYの面接を受けました。面接において、Xは、定年制がないことを質問したところ、Y代表者は、まだ決めていないと回答しました。また、労働契約の期間の定めの有無等については特にやり取りはなされませんでした。この面接後、YはXに採用する旨を連絡しました。
Yの代表者は、平成26年3月1日からのXの労働条件について、社労士の助言を受け、契約期間を1年間の有期契約とし、また65歳の定年制とすることとし、その旨の労働条件通知書(以下、「本件労働条件通知書」といいます。)を作成しました。
Y代表者は、平成26年3月1日、Xに対し、本件労働条件通知書を示して説明を行いました。それに対し、Xはすでに前職場を退職していたため、拒否すると仕事がなくなり収入が絶えると考え、特に内容を気にせず、裏面に署名押印を行いました。
Yは、平成27年2月末日限りでXとYとの本件労働契約が終了したものとして扱いました。

2 判決の概要
 ⑴求人票通りの雇用契約が成立することについて
  「求人票は、求人者が労働条件を明示した上で求職者による雇用契約締結の申込みを誘引するもので、求職者は、当然に求人票記載の労働条件が雇用契約の内容となることを前提に雇用契約締結の申込みをするのであるから、求人票記載の労働条件は、当事者間においてこれと異なる別段の合意をするなどの特段の事情のない限り、雇用契約の内容となる」との一般論を示したうえで、Yが雇用期間、定年制の有無について明確にしないまま採用を通知した以上、求人票記載の通り、契約期間の定めなし、定年制なし等の内容での雇用契約が成立したと判断しました。
 ⑵本件労働条件通知書にXが署名押印したことにより、労働条件が変更されたか否か
  「使用者が提示した労働条件の変更が賃金等の重要な労働条件に関するものである場合には、当該変更に対する労働者の同意があるとしても、労働者が使用者の指揮命令に服すべき立場に置かれ、情報収集能力にも限界があることに照らせば、労働条件変更に対する労働者の同意の有無は慎重にされるべきであり、同意の有無については、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により同意がされるに至った経緯及びその態様、同意に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等を元に判断する」との一般論を示したうえで、①期間の定め及び定年制のない労働契約を、1年の有期契約で、65歳定年とする労働契約に変更することはX(当時64歳)への不利益が重大であること、②Y代表者が、本件労働条件通知書により本件求人票と異なる労働条件とする旨やその理由を明らかにして説明したとは認められず、③Yが本件労働条件通知書を提示した時点では、Xは既に従前の職場を退職してYで就労を開始しており、これを拒否すると仕事が完全になくなり収入が絶えると考え押印したことを理由として、労働条件変更についてXの同意があったとは認められないと判断しました。

3 解説
  本判決は、①求人票を元に労働者が雇用契約締結の申込みを行った場合、面接時に実際の労働条件が求人票の内容とは異なることについて使用者から説明をすることなく採用を通知した場合、基本的には求人票記載の労働条件が雇用契約の内容となること、②後に、労使の合意により労働条件を変更する場合には、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により同意がされるに至った経緯及びその態様、同意に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等を元に労働者の同意の有効性が判断されることを示しています。
  実務上、求人票の内容と実際の労働条件が相違している場合もあるかと思いますが、その場合は、面接の際、実際の労働条件が求人票の内容と異なっていること、実際の労働条件について丁寧に説明を行い、労働者の納得を得る必要があります。また、事後的に労使合意により労働条件の変更を行う場合も、労働条件の変更により労働者にどのような不利益が発生するのか、労働条件の変更がどうして必要なのかを丁寧に説明したうえで、労働者の同意を得る必要があります。

以上

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