判例・事例

警備員の仮眠時間の労働時間性~ビソー工業事件(仙台高裁平成25年2月13日判決)~

2015年9月29日 労働時間に関する事例・判例


1 はじめに

今回は、警備員の仮眠時間が労働基準法上(以下、「労基法」といいます。)の「労働時間」に該当するかどうかが争われた裁判例をご紹介します。

労基法上の「労働時間」とは、「労働者が使用者の指揮監督のもとにある時間」と定義され、工場作業員の始業前・終業後の更衣・移動時間や始業準備行為の時間も「使用者から義務付けられ、または余儀なくされていた」といいうる場合には「労働時間」にあたるとされています。「労働時間」に該当する場合には、労働契約に基づき賃金が発生することになりますし、労基法上の労働時間規制にも服することになります。

過去、最高裁は、ビル警備員の夜間仮眠時間が労基法上の「労働時間」に該当するかどうかが争われた事件(大星ビル管理事件(最高裁平成14年2月28日判決))で、「不活動仮眠時間であっても労働からの解放が保障されてない場合には労基法上の労働時間に当たる」とした上、「仮眠室における待機と警報や電話等に対して直ちに相当の対応をすることを義務付けられている」として労働時間該当性を肯定していました。とくに同最高裁判例では「実作業への従事…の必要が生じることが皆無に等しい」といえるような事情がなければ、労働からの解放が保障されているとはいえない(つまり、仮眠時間も「労働時間」に該当する。)との厳格な判断をしていました。

2 ビソー工業事件

今回ご紹介する裁判例は、労働からの解放の保障、言い換えれば、実作業への従事の必要が生じることが皆無に等しいといえるような特段の事情があるかどうかが争われたもので、裁判所がこれを肯定した実務上注目される裁判例です。

(事案の概要)

Xらは、Y社に雇用され、A病院の警備員として勤務していた。

Xら警備員の就業時間は警備員らが作成した勤務ローテーション表によって決められ、4名の警備員が配置され、そのうち1名が守衛室で監視警備等業務に当たり、1名が巡回警備業務に当たる傍らまたは守衛室に待機して突発的な業務が生じた場合にこれに対応する態勢がとられていた。

仮眠をとる警備員はシャワーを浴びた上、制服からパジャマやトレーナーに着替え、守衛室と区画された仮眠室に布団を敷いて就寝していた。仮眠休憩時間中に突発的な業務に対応して実作業を行った場合は当該実作業に相当する時間外手当を請求するように指示されていた。

(裁判所の判断)

本件第一審は、仮眠時間を「労働時間」に該当するとしましたが、第二審仙台高裁は以下の点を指摘して、結論としてXら警備員の仮眠時間は「労働時間」に該当しないと判断しました(その後Xら警備員が上告しましたが上告棄却により二審判決が確定しています。)。

本件係争期間(2年8か月半)に10名の警備員が仮眠時間中に実作業に従事した件数は合計17件で1人当たり平均にすると1年に1件にも満たず、…その上、このうち仮眠時間を中断して実作業を行ったのはわずか4件に過ぎず(注:その余は仮眠時間の開始前から行っていた業務を仮眠時間帯に食い込んで継続したか、仮眠時間の終了に先立って既に勤務に就く準備ができていた警備員がほどなく仮眠時間に入る他の警備員に配慮してか早めに勤務について対応した事例であったと認定されている。)、うち3件は地震や火災といった突発的な災害に対応したものであり、残りの1件も本来、仮眠時間中の警備員がこれを中断してまで対応しなければならなかったのか疑問が残るものであった。

A病院とY社との業務委託契約においても、ローテーション表に基づき最低2名が業務に従事中であればよく、それら2名だけで対応できない例外的、突発的な事態が生じた場合に残りの1名ないし2名の警備員も業務に対応可能な状況にあれば足りるとされていた。

以上によれば、仮眠・休憩時間中に実作業に従事した事例は極めて僅かであり、例外的に実作業に従事した場合には実作業時間に応じた時間外手当を請求することとされていたのであって、仮眠・休憩時間中に実作業に従事することが制度上義務付けられていたとまではいえない。本件で仮眠・休憩時間が一般的、原則的に労働基準法上の労働時間に当たるとはいえない。

3 実務上の留意点

労基法上の「労働時間」に該当するかどうかは、労使間の労働契約の定め方等の形式面ではなく、実態を見て客観的に判断されます。これまで警備員の仮眠時間については、「労働時間」に該当しない場合がどのようなケースなのか必ずしも判然としなかった面がありましたが、本裁判例は仮眠時間中に実作業に従事した頻度や、実作業に従事した場合に仮眠時間が中断されていたかどうかといった点に着目して判断しており、実務上参考になる事例といえます。

以上

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