判例・事例

職務変更に伴うグレード格下げと賃金減額の有効性(東京地裁平成27年10月30日判決)

2016年8月31日 賃金に関する事例・判例


はじめに

職務等級制の人事給与制度の下では、配置転換がなされ担当職務が変更になれば、それに伴い賃金が減額される場合があります。このような配置転換に伴う賃金減額の有効性をどのように判断するかについて、参考になる裁判例をご紹介します。

1 事案の概要

Xは、勤務する医薬品の製造及び販売を目的とするY社の従業員である。Xは、Y社が採用する職務等級制の人事給与制度(職務が変更になれば給与も変更になる給与制度)の下で、Y社によって職務を変更され、それに伴い職務等級が下がり賃金減額されたこと(以下「本件処分」という)について、本件処分が無効とであると訴えた。
Y社就業規則には、職種を変更することがあるということ、一定事由に該当するときには、意に反して降職することがあるということが定められていた。給与規則には、従業員の職種のグレードが区分されており、基本給は、従業員の基本給はグレードに対応した範囲基本給表に記載された最低基本給から最高基本給の範囲で決定されるとされていた。
本件処分を受ける前のXは、HIVチームのメンバーであり、新薬承認申請に係る業務を担当しており、グレード区分はマネジメント職のE1であった。本件処分後、Xは、医薬事業部臨床開発医薬スタッフとなり、グレードは医薬職・ディベロップメント群の「医薬1」となった。本件処分がなされた経緯は、Xが所属していたHIVチームが開発した新薬が発売に至り、同チームが解散されたこと、臨床開発部の人員が足りなかったためXが配置されたというものであった。
本件処分により、Xの年収は合計で52万円から68万円程度の減収となっており、減収率は、4.5%から5.9%程度であった。

2 判決の概要

Xの担当職務の変更を内容とする本件処分については、これに伴うグレード及び給与等の労働条件の変更を含め、業務上の必要性がない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、それが他の不当な動機・目的を持ってされたものであるとき若しくはXに通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるとき等、特段の事情がある場合には、人事権の濫用として無効になる。
Y社の給与制度の下では、それぞれの職務の種類・内容、所掌の範囲やその重要性・責任の大小、要求される専門性の高さ等に応じて細分化したグレードを設定し、個々のグレードに対応する基本給の基準額とその範囲を定め、これを基礎にして支払給与及び賞与その他の処遇を定めているものであり、担当職務に変更が加わればこれに対応してグレード・基本給にも変更が生じることも当然に予定されており、これらの事項が就業規則等で具体的に明らかにされており、周知されていることにより労働契約の内容となっていたものと認められる。
HIVチームが新薬発売を理由により解散され、臨床開発部の人員が不足していたことから、Xを従前の地位から臨床開発部へ配置する業務上の必要性は存する。
不当な動機・目的等は証拠上存しない。
賃金減少額は少額とみることはできないが、本件処分により管理職に相当するマネジメント職の地位からはずれ、その職務内容・職責に変動が生じていることも勘案すれば、減収の程度の不利益をもって通常甘受すべき程度を超えているとみることはできない。
本件処分は、人事権の濫用として無効とはいえない。

3 実務上の留意点

職務変更に伴う賃金減額については、賃金が労働条件の中でも最も重要な要素であるということを重視して、厳しい審査基準で有効性を判断した裁判例もある中で、本判決は、配置転換の有効性を判断する際の一般的な基準を用いて判断しており、注目すべきです。もっとも、賃金減額自体は従業員が受ける不利益の程度として重視されることに変わりはありません。また、本事案は、担当職務と基本給が連動しており、そのような取り扱いが確立されていましたが、連動が不明確であったり、連動が明確であっても、そのような実態がないような場合には、賃金減額の有効性は配置転換の有効性を判断する際の一般的な基準を用いることができないことに注意が必要です。
以上

PAGE TOP