判例・事例

私生活上の非行に対する懲戒処分の限界(東京メトロ(諭旨解雇・仮処分)事件(東京地裁決定平成26年8月12日))

2015年9月1日 解雇に関する事例・判例


【事案の概要】

東京地下鉄株式会社(以下「Y社」)に雇用され駅係員として案内業務等に従事していた労働者(以下「X」)が、通勤電車内で当時14歳の被害女性に対し、痴漢行為を働いた。Xは、平成26年2月20日、東京都迷惑防止条例5条1項1号に違反した被疑事実で逮捕起訴され、同月26日、東京簡易裁判所において罰金20万円の略式命令を受けた。Y社は、平成26年4月25日、痴漢行為を行った従業員に対しての方針(起訴された場合は諭旨解雇とする一方で不起訴処分となった場合には停職等にとどめるという方針)に基づき、Xに対し、痴漢行為を行い逮捕起訴され略式命令を受けたことが、Y社就業規則56条2号「職務の内外を問わず会社の名誉を損ない又は社員としての体面を汚す行為があったとき」に該当するとして本件諭旨解雇を通告した。これに対して本件諭旨解雇処分が無効として争った。なお、Xには、前科前歴や懲戒処分歴はなく、勤務態度にも問題はなく、本件刑事事件はマスコミにより報道されることはなかった。本件裁判での争点は、①Xの行為が懲戒事由に該当するのか否か②懲戒事由に該当する場合、相当性が認められるか、である。

【判決の要旨】

<懲戒事由該当性>

従業員の私生活上の非行であっても、事業活動に直接関連を有するもの及び企業の社会的評価の棄損をもたらすものについては、企業秩序維持のための懲戒の対象となりうる。

Y社ほか、鉄道会社全体が痴漢行為の防止について積極的に取り組んでいるという現状において、痴漢行為を防止すべき駅係員という立場にあるにもかかわらず、Y社の電車内で通勤途中に本件痴漢行為に及んだものであり、本件痴漢行為は、Y社の事業活動に直接関連を有し、Y社の社会的評価の棄損をもたらすものであると評価できる。したがって、本件非違行為は、Y社の企業秩序維持の観点から懲戒の対象となり得るものであり、就業規則56条2号規定の懲戒事由にあたるというべきである。報道等により世間に知られることがなかったとしても、Y社の運行する電車内で痴漢行為が行われたこと自体がY社の社会的評価の棄損をもたらすものといえ、そのことは本件刑事事件がマスコミにより報道されることの有無により左右されるものではない。

<懲戒相当性>

痴漢行為が被害者に大きな精神的苦痛を与えることは周知の事実であり、痴漢行為を防止すべき駅係員として、倫理的にそのような行為を行ってはならない立場にあるXが本件非違行為を行ったことは、厳しく非難されるべきものであるものの、本件非違行為の態様は、被害女性の臀部付近及び大腿部付近を着衣の上から手で触るというものであって、同種事案との比較において悪質性が高いとまでいうことができない上、刑事処分においても公判請求はされておらず、東京都迷惑防止条例5条1項1号、8条1項2号の法定刑(6月以下の懲役又は50万円以下の罰金)では軽微な罰金20万円の略式命令で処分されるにとどまっている。

Y社の、従業員の痴漢行為に関する処分例によれば、従業員が起訴された場合には諭旨解雇とされる一方で不起訴処分となった場合には停職等にとどめられるとの運用がされていることが一応認められるところ、本件非違行為に対する懲戒処分の選択において、Y者側において、刑事手続きにおける起訴、不起訴以外の要素(本件において、Xが、本件刑事事件の弁護人を通じて被害女性側との間の示談に努めたが、被害女性の母親の理解を得ることができず、示談を成立させることができなかったことが一応認められるところ、このようにXの配慮等ではいかんともし難い事情もあってXが起訴された面がある等)を十分に検討した形跡がうかがわれない。

そして、Xには、前科・前歴やY社からの懲戒処分歴が一切なく、勤務態度にも問題はなかったことが一応認められることを併せ考慮すれば、企業秩序維持の観点からみて、本件非違行為に対する懲戒処分としての本件諭旨解雇より緩やかな処分を選択することをも十分に可能であったというべきである。そうると、本件諭旨解雇は重きに失するといわざるを得ない。よって、本件諭旨解雇は無効。

【留意点】

1 私生活上の行為が懲戒処分の対象となるか

使用者は、労働者と雇用契約を締結しているにすぎず、使用者が労働者の私生活に対する一般的な支配を有するわけではありません。本判決でも適示されているとおり、懲戒処分の対象となる私生活上の行為は、「事業活動に直接関連を有するもの及び企業の社会的評価の棄損をもたらすもの」に限定されることに注意が必要です(もちろん就業規則への明記も必要です。)。本事案では、鉄道会社に勤める従業員が地下鉄の中で、痴漢行為をはたらいており懲戒処分の対象となるとされていますが、この従業員の勤務先が鉄道会社ではなく、鉄道と全く関係がない企業に勤めている場合は、懲戒処分の対象とならないと判断された可能性があります。私生活上の非違行為を理由に懲戒処分をする場合は、その行為と会社の事業活動がどのように関係するのか、企業の社会的評価にどう悪影響を及ぼすのかを慎重に判断する必要があります。

2 懲戒処分の相当性

懲戒の対象になるとしても、処分が社会通念上相当と認められなければ懲戒処分は無効です(労働契約法15条)。本件でY社は、起訴されれば諭旨解雇という決められた方針に固執し、それ以外の考慮すべき事情(Xが示談に向けて努力をしたこと、Xに前科前歴処分歴がない等)を考慮していませんでした。懲戒処分の際には、問題となっている行為の性質・態様・動機・結果影響、行為前後における労働者の態度対応、勤務歴・処分歴・犯歴、会社の事業の種類・態様・規模、公平性等、様々な角度からの検討が必要で、本件のように諭旨解雇といった身分をはく奪する重い処分を下す際には、なおさらです。また、労働者の弁解を聴く機会を設ける必要もあることに注意が必要です。

以上

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