判例・事例

~判例紹介~電話での退職申し入れ、退職合意は成立している?

2023年4月10日 解雇に関する事例・判例


本記事では、電話での退職申し入れについて、退職合意の存在が否定された事案(大阪地裁令和4年12月5日)をご紹介します。また、本判例においては新型コロナウイルス対策のためのマスクを着用しなかったことによる解雇の有効性も問題となっています。

1 事案の概要
・分譲マンション、賃貸マンションの管理等を業とする会社(被告)の従業員であった者(原告)が、合意退職はしておらず、また、解雇は無効であるとして未払賃金などを請求した事案。
・原告は、管理人としてマンション(以下「本件マンション」といいます。)で勤務していたが、本件マンションの住民から、原告が新型コロナウイルス禍にも関わらずマスクを着用していないとの苦情があった。それを受け、被告は原告と面談を行い、配置転換の話をした。
・令和3年6月3日、原告は被告に電話をかけ、同月11日に本件マンションの管理事務所から私物を引き上げることとなった。
・その後、原告は被告に対し、「先般…面談で職務内容変更の通知を頂きました。勤務地の変更は受け入れ可能ですが勤務形態変更は承服いたしかねます…。」「上記の状況により管理人の雇用形態続行をお願いする次第であります。」などと記載した書面を送付した。
・被告は、同月24日、原告を解雇した(以下「本件解雇」といいます。)。解雇理由は①コロナ感染対策のためのマスク着用に従わず、居住者に不安を抱かせる行為を行ったこと、②住所変更の届け出を怠り、通勤手当を不正受給したことであった。

2 争点
①退職合意の有無
②本件解雇が解雇権の濫用に当たるか(本稿では新型コロナウイルス対策の不履行についてご紹介します。)

3 裁判所の判断
(1)退職合意の有無について
👉被告の主張
原告が令和3年6月3日に課長に電話をかけてきて退職することにした旨を述べ、被告も、同日退職の申出を承諾したから、同日に退職合意が成立した。
👉裁判所の判断
労働者にとって退職の意思表示をするということは生活に重大な影響を及ぼすものであることからすれば、口頭での発言をもって、直ちに、確定的な退職の意思表示であると評価するかについては慎重な検討が必要となる。そして、本件において、同日にどのようなやり取りがなされたのか的確かつ客観的に裏付ける証拠はないこと、被告において、通常の退職手続では、従業員から退職届が提出されたものを受理して会社側の承認手続をするという流れになるが…、本件において、原告から退職届は提出されていないこと、原告が被告に対し、勤務地の変更は可能だが勤務形態の変更は承服しかねる旨の書面を送付していることなど、その後の原告の一連の言動等に照らせば、仮に、同日に原告が何らかの発言をしていたとしても、同発言をもって、確定的な退職の申出であったと評価することは相当でない。」
➡退職合意の成立を認めず。

(2)本件解雇が解雇権の濫用に当たるか
・被告の業務はマンションの管理等であり、新型コロナウイルス禍においては、被告が管理するマンションの住民に不安を与えないようにすることが業務の遂行において必要。
・被告が従業員に対して、感染防止対策の徹底を求める通知を繰り返し発出し、マスク着用の徹底を求めていた。
➡被告の従業員としては、使用者である被告の指示に従って、業務を遂行する際には、新型コロナウイルス感染防止対策を徹底しながら職務を遂行する義務を負っていた。ところが、原告は業務遂行の際や、通勤の際に日常的にマスクを着用していなかったことが窺われ、被告からの業務上の指示に従っていなかったことになる。

しかし…
・原告が過去にも被告から同様の行為について注意を受けていたというような事情はない。
・現実に被告に寄せられた苦情は1件にとどまっている。
・原告の行為が原因となって、本件マンションの管理に係る契約が解約されるというような事態は生じていない。
・原告が新型コロナウイルスに感染したことで、本件マンションの住民あるいは被告内部においていわゆるクラスターが発生したというような事態もうかがわれない。
➡新型コロナウイルス対策の不履行に関する一連の原告の行動が規律違反に当たるといえるものの、同事情をもって、原告を解雇することが社会上相当であるとまではいうことができない。

4 コメント
退職の意思表示については、その効力について後に争いになることがあります。本件については、従業員が口頭で退職の意思表示をしたか否かについて、客観的事実の有無やその後の原告や被告の言動等が考慮されています。会社においては、労働者が確定的な意思で退職の申出を行ったことを確認できる「退職届」を提出させることが必要です。なお、退職願は、法律上は労働契約の合意解約の申込とされる場合が多いので、一方的な退職の通知である退職届を提出してもらうのが望ましいでしょう。退職届であれば、会社に到達した時点で労働契約の解約告知(退職届記載の退職日に労働契約が終了すること)の効力が生じ、撤回はできませんが、退職願の場合は、会社の退職の意思表示を承諾する旨の意思表示が労働者に到達した時点で退職の効力が生じ、それまでは退職の意思表示を撤回することが可能です。
3月13日以降、新型コロナウイルス対策のマスク着用については自己判断となりました。本判例は新型コロナウイルス禍における事案ですが、感染対策や事業上の理由により、労働者に対して引き続きマスクの着用を求める会社もあると存じます。ご対応にお困りの際には是非ご相談ください。
                                               以上

PAGE TOP